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コラム 堀江宏樹の「偉人の葬儀費用」 presented by 雅倶楽部 2023年4月30日掲載

「吉田茂」の国葬費用は1,700万円?!現在貨幣価値にすると・・・

令和4年(2022年)9月の安倍元首相の国葬は、昭和天皇の大喪を除外すれば、55年前の吉田茂元首相に続く、戦後2例目の国葬となりました。
吉田茂自身は、「新憲法下における国葬は天皇に限定される」というスタンスで国葬を捉えていましたが、その死後 思いもよらぬ形で自身が国葬の主役となることに。戦後初の国葬の背景を追います。

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歴史エッセイスト・作家 堀江 宏樹

戦前日本では数年に一度という、かなりのハイペースで国葬が実施されていたので、すべてを語ることはとてもできません。明治後期、1890年代に入ってからは国葬の実施ペースは年1回になることさえあったほどです。

第二次世界大戦を前に急速に右傾化、軍国化していった時期の日本では「軍神」と讃えられたカリスマ軍人である東郷平八郎(昭和9年・1934年)や、山本五十六(昭和18年・1943年)の国葬が行われていたことも注目されます。

戦前の国葬の中心イベントは、パレードのような葬列でした。しかし、物資難の戦中に行われた山本五十六の国葬では、さすがに葬列に豪華さはなく、白い布で包まれた山本の遺骨が台車に乗せられ、制服姿の軍関係者の手で運ばれていったようですね。

歴史エッセイスト・作家 堀江 宏樹

連合艦隊司令長官を勤めていた山本ですが、1943年4月18日、搭乗機を米軍に撃墜され、亡くなりました。死後、軍隊における最上級の階級である「元帥」に格上げされたものの、山本の身分は「平民」のままでした。平民が国葬の対象になったのは、これが最初の例です。

戦前の国葬において、ときに豪華な葬列パレードを行ったり、一般人の参列を許し、弔意を直接的に受け入れたりすることで国家と民衆の距離をよりいっそう近くに感じさせ、戦争という有事には国家一丸となりやすくなる下地作りをする必要があったのでしょう。

しかし、第二次世界大戦後に敗戦した後、そうした「軍国日本」の体制は根本から解体されました。徴兵令は撤廃され、戦前多く行われた国葬の法的根拠となりつづけた「国葬令」も廃止されたままです。

吉田茂は存命中 国葬を拒否していたが、当時の首相佐藤栄作は…

それでも昭和42年(1967年)10月31日に行われた吉田茂元首相の国葬は、「吉田さんを国葬にする」と以前から熱望していた佐藤栄作首相(当時)の意思によって成立したのでした。

吉田元首相自身は「新憲法下における国葬は天皇に限定される」と考えており、西園寺公望の例と同じく、他者の意思で国葬にされてしまった例といえるかもしれませんね。

吉田元首相は昭和26年(1951年)9月、有名な「サンフランシスコ講和条約」を締結させ、第二次世界大戦で日本が敗北して以来、GHQから監視されてきた日本の再独立を国際社会に認めさせた立役者です。こうした部分に、彼の国葬を熱望した佐藤栄作の心情や、それを容認する声が立場を超えて高かったのはよくわかります。

法的根拠なき国葬を実現するには、与党・野党に対する根回しが必要でした。佐藤が吉田元首相の死を知ったのは外遊先のフィリピン・マニラにおいてでしたが、すかさず日本側のスタッフに電話で指示を与え、わずか3日間のうちに共産党以外のすべての政党から、吉田の国葬に賛同を得られたのです。

10月31日の国葬当日、多くの学校や職場は午前中で終了となりました。吉田元首相の大磯の自宅から、彼の遺骨が国葬会場の武道館に到着すると、午後2時すぎに「開会の辞」が述べられた後はサイレンが鳴り響き、日本中に1分間の黙祷を求めています。吉田元首相の国葬は、このように国民生活に少なからず影響を与え、弔意を求めるイベントであり、先日の安倍元首相の国葬とは性格がだいぶ異なっていたといえるでしょう。

沿道には吉田元首相の死を悼む17万人もの人々が殺到した一方、「いまさら国葬などやる必要などない」という声も根強くありました。この日の午後が休みになった人々はテレビやラジオで放送された国葬の実況を見るどころか、繁華街に殺到し、街中で黙祷しているのは警察官だけだったという記録もあります。

しかし、佐藤首相にとっては恩師を国葬にできたことは大きな喜びだったようで、「先例もなく参考になる様な事もないので一寸心配したが、万事は厳かに行はれた」としつつも「只一つ公明党委員長の献花を落した事は重大な過誤で、池田会長へ電話してあやまった」と興味深いことを書き残しています(『佐藤栄作日記』)。

ほかにも彼は焼香の順番を決めるのが難しいのは国葬も同じという主旨の記述もしているのは、注目されます。安倍元首相の国葬について、要人が意外な内情を書き残した日記も将来、公開されるかもしれませんね。

吉田茂の国葬費用

吉田の国葬費がおよそ1800万円の巨額だったと発表されると、この時もやはりマスコミから大きな批判が集まりました。消費者物価指数をもとに計算したところ、現代日本の貨幣価値で約7000万円相当だといいます。

安倍元首相の国葬16億円に比べると格安に感じてしまいますが、1800万円は表向きの数字にすぎず、本当にいくらかかったかは不明。現在の日本円ならば、やはり何億円にも相当したのでは……と考えることもできます。

令和4年(2022年)9月の安倍元首相の国葬は、昭和天皇の大喪を除外すれば、55年前の吉田元首相に続く、戦後2例目の国葬となりました。
しかし約6割もの反対者が出た背景にはお金の問題以上に、「国葬」という響きに潜む、危険……おそらく国家主義的な何かを国民が感じてしまった結果といえるかもしれません。国葬の対象者が、皇族、もしくは軍人や保守系の政治家だけに限定された日本の明治以来の伝統が影響してしまった結果ともいえるでしょう。個人的には故人を悼む気持ちより、政治色があからさまに強すぎるように感じたことは残念でした。

海外に目を向けてみると、イギリスでも基本的には王族以外は軍人や政治家が国葬の対象者ではありますが、過去には天才物理学者のアイザック・ニュートンに国葬が実施された例もあります。

ただ、国葬はすべてが国費で賄われるという観点から、「ニュートンに習って、日本もノーベル賞受賞者も国葬にしていけばよい」と気軽に提言するわけにもいかず、なかなか難しいところはありますね。

今後、また国葬が行われるようなことはあるのでしょうか。戦前日本では国民統合の手段でもあった国葬が、令和の世では国民分断の象徴のようになってしまったのは、皮肉だといわざるをえません。

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